大川小ではあの日、子どもたちは寒空の下で先生の指示を50分間待っていました。
下級生を励ましている子どもや、「ここにいてはだめだ」「山に逃げましょう」と何度も先生に訴えていた子どもいます。
あの日大川小の子どもたちを救うためには何が足りなかったのか、有識者会議の議事録や最終報告をいくら読んでも答えが書いてありません。市教委も国や県に実に表面的な報告しかしていません。
この会議は、未来の命を救うための会議のはずです。 大川小学校の子どもたちや先生の命は、それとは関係のないものなのでしょうか。
そのような中、平成24年9月5日に発表された文科省の「学校安全の推進」についての取組方針が発表されました。
大臣はじめ文科省の方々には子どもの命の重さを十分に認識いただいていると考えています。
私たちの子どもの命が、未来の子どもたちの命につながることを願っています。どうかよろしくお願いいたします。
月 日 | 市教委の対応、説明 |
3月11日 | 東日本大震災 14時46分発生、15時37分大川小に津波到達 |
3月15日 | 唯一生き残ったA教諭が校長にメールで大川小の状況を報告(校長はメールを削除) |
3月16日 | 校長が市教委に「校庭避難、引き渡し中に津波」「油断」と状況報告(この日の記録は24年6月に指摘されるまで公開せず) |
3月17日 | 校長が初めて現地へ(報道陣と一緒に) |
3月25日 | A教諭と校長が市教委へ報告。この時の詳しい記録は残っていない。録音せず。 メモ等は廃棄。 |
3月29日 | 遺族への説明のないまま、生存児童の登校式を実施。「お友達少なくなったね」と呼びかける。遺族は報道で知る。 |
4月 9日 |
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5月初旬~中旬 | 生存児童らに聞き取り調査 ※児童の他は3人だけ(A教諭、当日不在だった用務員、市職員)にしか聞いていない。 A教諭の証言は3月25日のもの。 ※簡単な記録しか残されてなく、メモもすべて廃棄。後で問題となる。 |
6月 4日 | 第2回説明会亀山市長も出席する。
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6月25日 | 境直彦教育長就任記者会見
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8月21日 | 報道により5月の聞き取りの際の調査メモを廃棄したことが明らかに。 その報道を受けて、市教委は再調査実施を決定。 |
10月 | 迎えに行った保護者などに聞き取り調査A教諭は連絡がとれない状況にあると説明(ドクターストップ)。 ※この間、再三説明会の開催を要望したが、実施せず。 ※教育長の遺族訪問は途中で中断。 |
平成24年1月22日 | 第3回説明会
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3月18日 | 第4回説明会
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4月~5月 | 教育委員会の大川小担当者は二人とも転出。新たに教育委員会に入った二人が後任。できるだけ早く持つといった説明会は実施されず。 |
6月初旬 | 突然、市教委が、話し合いではなく「第三者に検証を委託するという事業に2000万円の予算を計上」と報道で出る。遺族への事前の相談一切なし。第三者は市教委の契約するコンサル会社が選び、遺族も市教委も検証には入らないとのこと。 |
6月中旬 |
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7月8日 | 第5回説明会
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7月25日 |
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8月19日 | 平野文科大臣が大川小に献花、視察
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8月21日 |
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8月26日 | 第6回説明会・現地調査の報告と、第三者による検証委員会について市教委が説明。
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9月2日 | 大川復興協議会の協力で震災当時の様子を知る地域の人の証言を、遺族と市教委が一緒に聞く機会を設け、逃げた距離、時間など情報を共有。当時はすでに側溝から水が噴き出していたことなどが分かった。 |
9月5日 | 文科省が「津波により児童生徒等が犠牲となった事例の検証」として「東日本大震災の教訓を今後の防災教育・防災管理に生かすため、学校管理下で津波により児童生徒や教職員が犠牲となった事例に関し、関係自治体が実施する児童生徒等の避難行動等の検証に関する取組について、国として技術的・専門的観点から支援する。」という方針を発表。 |
子どもが山へ逃げたがっていて、先生にも進言していたことは、多くの証言や報道などでも明らかになっている。 市教委も23年6月4日の説明会では「『ここって海沿いなの』という女 子や『山さ逃げよう』という男子がいた。」と説明している。しかし、児童の聞き取り調査の報告書にその記載はなく、3月18日の説明会では「山に逃げようという子どもがいたことを市教委として「おさえていない」と発言。 24年7月の説明会でその矛盾については説明できず。 8月の説明会でも「記憶は変わるもの」などと聞き取り調査での児童の証言を認めなかった |
FAXの手紙はいつどこへ届いたものか前回の説明会で明らかになった矛盾点
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3.11の時もA先生が「山へ行くぞ」と早い段階で話していたという児童の証言はカットされている。
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